2017.01.31

岡田武史さんが語った強いチームのつくり方、リーダーの覚悟

サッカーW杯で日本代表チームを2度指揮した岡田武史さんは、その後、Jリーグや中国のクラブチームの監督をへて、2014年11月、四国サッカーリーグのクラブ、FC今治の運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」のオーナー経営者に就任。60歳を前に、新たな挑戦を始めました。

常に強いリーダーシップを発揮し、組織に変革をもたらしてきた岡田さん。
今回、「COMMONS PAGE PRESS」では、スペシャルインタビューを行いました。

人の声に耳を傾け考え抜いて最後は直感に従う。

強い組織をつくるため、リーダーに一番求められることは何でしょうか?その問いに、岡田さんはこう答えてくれた。
自信を持って決断するために、腹をくくることです。

迷いのない決断。そのために岡田さんは、情報収集を重視する。
試合の映像やコーチからの報告はもちろん、選手一人ひとりの成長記録まで確実に把握するのだ。FC今治の代表となった今も、その姿勢は変わらない。
新たに選手を獲得する際には、その選手を高校時代から知っている人物3人に話を聞くようにしています。3人のうち2人が高い評価をした選手は採用しますね。
 また、僕に唯一長所があるとすれば、どんな人の意見にも耳を傾けられることでしょうか。気になる戦術で戦うチームがあれば、年下でも、高校サッカーや小さなクラブチームの指導者でも会いに行く。ビジネスの世界や学者の方にも会って話を聞きます。

さまざまな業界に幅広い人脈を持ち、情報を得る努力を惜しまない岡田さん。その一方で、情報はあくまでも判断材料の一部に過ぎないと冷静に分析している。
どれだけ情報を集めても、それだけでは答えを導き出せない。最後は直感でしかないんです。サッカーの試合でもビジネスでも、リーダーは正解のない問いに直面し続けている。一人で悩み、考え抜くけれど、最後は自分を信じて決断するしかない。それをW杯出場やリーグ優勝がかかった試合でやるのだから、本当に怖いですよ。でもね、97年のW杯フランス大会予選を経験して肝が座りました。



遺伝子にスイッチが入った97年W杯フランス大会予選。

あの時は、どん底を味わいました。試合に負けた後はサポーターから椅子を投げつけられたりもした。脅迫電話は止まらないし、子どもの登下校も妻の送り迎えが必要なほど。家の前には、警備のため24時間パトカーが止まっていました。テレビで僕が酷評されているのを見て幼い長男は泣いていたし、家族にも大変な思いをさせました。

最終決戦が行われたマレーシアのジョホールバルからは妻に電話をして『もし明日勝てなかったら、僕たちは日本に住めないと思う。2年ぐらい海外に住むことになると思うから覚悟していてくれ』と言いました。本気でそう思っていたんです。

ところがその電話をした後、何かがポーンと吹っ切れた。もうここまでやったからいいや、と。明日は今の自分の力を全てかけてやる、ある意味命がけでやる。それでダメだったら、もうしょうがない。僕の力がないということだから諦めよう。そう思った瞬間に、怖いものがなくなりました。

生物学者の村上和雄先生は、『遺伝子にスイッチが入る』ということを言っています。我々は、氷河期の飢餓状態を乗り越えてきた強い遺伝子をご先祖から受け継いでいますが、現代のように快適で安全な社会で暮らしていると、その強さが普段は出てこない。『遺伝子にスイッチが入っていない』状態だそうです。僕はジョホールバルでどん底を味わい、『遺伝子にスイッチが入った』経験をしました。
戦争や倒産を経験した経営者は肝が座っていますよね。稲盛和夫さん、豊田章一郎さんをはじめ、偉大な経営者の方にもたくさんお会いしましたが、皆さん、お会いした瞬間に『遺伝子にスイッチが入るような』経験をされているなぁ、と感じるんです。
それと共に、自分を良く見せようとか好かれようとかを捨て、腹をくくることが大切です。コミュニケーションを取りながらも『お前を認めているし能力はあると思っている、でもどうしても僕の采配に納得できないのならしょうがない。残念だけど出て行ってくれ。自分で決めてくれ』という思いをどんな中心選手に対しても最後のところで持っています。

岡田さんが決断を下すとき、もうひとつ大切にしているのは、私心に流されない、ということ。選手起用の決断でもその信念は揺るがない。
外した選手の親からクレームが来たり、奥さんにスタンドでにらまれたりもします。正直、辛いですよ。でも、自分が有名になりたいとか、自分の好き嫌いで決断したのではなく、あくまでもチームが勝つための結論なら、いつかは納得してもらえると信じています。
日本代表からカズ(三浦知良)を外したときも、いつかは理解してくれると信じていた。だから、悪いことをしたとは思っていません。でも、6~7年後にカズが国立競技場に子どもを連れてきて『岡田さん、サインしてやってくれない?』って言ってくれたときは、やっぱり嬉しかったですね。それからずっと親交も続いています。負い目を持った決断だったら、こういう関係にはなれなかったと思います。
ただし、試合には起用しなくても、選手として認めてあげること、お前のことを気にかけているよと伝える姿勢は大切です。その気配りが組織全体のモチベーションアップにつながりますから。

最終目標を明確にすれば、マネジメントは上手くいく。

岡田さんは最終目標と経過目標を明確にし、選手全員に徹底させている。W杯南アフリカ大会では、『ベスト4』という最終目標を掲げた。
まず、『ベスト4』という目標に本気で取り組んでもらうために、何度も話しました。選手たちに手紙も書いた。そして、その目標達成に向けての課題も提示し、理解させました。
その上で、選手全員を集めてA4の紙を1枚渡し、一番上に『ベスト4』と書かせました。その下には、『ベスト4』のためにチームはどう進化しなければならないのか。次にチームが進化するための自分の役割、さらにその役割をこなすために自分がどう進化しなければならないのか。半年後、1年後にはどうなっていなくてはならないか。そのために何をしなければいけないのか?それぞれ、自分で考えて書かせたんです。『ベスト4』が最終目標であり、その下に続くのが経過目標です。チームとしての最終目標を明確にし、そのための個人の経過目標を意識させることが目的でした。

『優勝』でも、『予選リーグ突破』でもなく、『ベスト4』というギリギリ手の届きそうな目標を掲げたのも、岡田さんの戦略だったに違いない。



理想とするのは生物的組織。

では、岡田さんにとって理想的な組織とは、どんなものなのだろうか? 岡田さんは生物的組織、というキーワードを教えてくれた。
生物学者の福岡伸一さんと話していて思い浮かんだ言葉です。彼に『今日の岡田さんの身体と明日の岡田さんの身体は違うんです』と言われたことがある。古い細胞が死んで新しい細胞がまた新しい身体をつくる、新陳代謝ですよね。でも、新しい細胞に対して、脳が『お前はここでこういう役割をしろ』と命令しているわけではない。細胞同士が折り合いをつけて、まったく同じ形をつくり続けているのだそうです。

その話を聞いて、組織論にも当てはまるような気がしました。もちろん脳が無ければ生きて行けないけど、脳(監督)がいちいち命令を出さなくても、細胞同士(選手)が折り合いをつけて、機能していく組織が一番強いのではないかと思いました。

横浜F・マリノスで3ステージ連覇しているとき、僕は全てを命令する監督でした。指示どおり動けば勝つから、いつしか選手は何も考えないようになっていた。それに気がついたとき、勝ってはいたけど『自分は本当に優れた指導者なのか。選手を育てているのか』と悩んだことがあります。

教育(エデュケーション)という言葉はラテン語のエデュカーレが語源で、それは「引き出す」という意味だと教えられたことがあります。コップに何かを注いでやるのではなく、引き出すんだと。もしコップに何も入っていなければ、入れてあげるのではなく、それに気づかせてあげることだと。
いろいろな経験を積んだおかげで、今はその言葉の真意がよく分かるようになりました。思えば、結果を残している頃って、そんなにいい指導者では無かったのかもしれません。今ならもっといい監督になる自信があるけど、経営の方が忙しくてね。

> WEB限定のVol.2では、岡田武史さんが経営者としての想いを語ります!

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COMMONS PAGEメンバー限定
岡田武史さんの講演会を開催!

岡田さんが経営者となった「株式会社今治. 夢スポーツ」には多くの企業が賛同し、業種を越えて新しいビジネスモデルを確立しようとしています。
地方都市の小さなサッカークラブから始った新たな挑戦がなぜ、これほど人を熱くさせるのか。
人を巻き込む経営者・リーダーのあり方について、岡田さんがCOMMONS PAGEメンバーだけに語ります。

テーマ

「考え抜いて、迷わない。」

〜逆境を乗り越えた指揮官の新経営論〜

講演日時:2017年3月9日(木) 18時30分開演 20時終了予定
場所:霞が関ビル 1F プラザホール
人数:COMMONS PAGEメンバー限定100名様をご招待

定員に達したため、受付は終了しました



岡田武史
株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長
1956年大阪生まれ。早稲田大学卒業後、古河電気工業㈱に入社しサッカー日本代表に選出される。 引退後はクラブサッカーチームコーチを務め、1997年に日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。その後、Jリーグでのチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督に。2010年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、2014年11月四国リーグ、FC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。

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